~水軍の島  サイクリング (^o^)  ③~

笠島まちなみ保存地区・・・・・

塩飽水軍の本拠地であります・・・

町屋形式の住宅や農家風の住宅など、、、

江戸後期~明治時代の建物が残っています・・・(-_-)

では、散策開始です・・・・・=┏( ・_・)┛ テクテクテク





まずは、笠島港へ・・・静かな港・・・
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瀬戸大橋が見えます・・・(^^)
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町並み散策へ・・・
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町通り(“にぎやかな通り” という意味)から、マッチョ通りと呼ばれるように・・・(^^)
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少し小高い丘から集落を・・・
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人の気配があまり無く、静かな集落でした・・・(-_-)


以下に、抜粋記事をば・・・

塩飽島、栄光と過疎 吉田 幸男
 
瀬戸内海の海賊といえば村上水軍が有名ではあるが活躍は日本史的には一瞬であった。
しかし塩飽水軍は瀬戸内海の狭水域である備讃瀬戸を根拠地に江戸時代末まで海上勢力者として過ごした。

戦国の世、海賊として名をはせた九鬼水軍、村上水軍、松浦党も近世に入る頃には消えたが、塩飽海賊衆は中世から近世に至るまで残った・・・その理由は・・・
他の海賊衆のように海上戦闘集団ではなく、主に輸送船団に徹し、陸上の大名と利害の対立が少なかった事、京、大阪に近くの中央権力者が最初に接触するのが塩飽海賊衆であり、塩飽を味方につけなければそれ以後の海賊衆の接触手段がなくなる事など、が生き延びた主原因であろう。
新井白石は『奥羽海運記』に、塩飽の船隻、特に完堅精好、他州に視るべきにあらず、と記している。
正徳3年には塩飽船は5石積み以上が472隻をかぞえ1500石積み等大型船が112隻となっている。江戸時代の公儀御用は朝鮮通信使の大阪より京に至る間の案内であった。
塩飽勤番所は現存する唯一の勤番所で中には織田信長、秀吉、秀次、家康等の朱印状が残っている。
 
塩飽海賊衆にとって最後の活躍の場所は幕末西洋式軍艦の水主として活躍した事であった。
咸臨丸渡米の折り、水主50名のうち塩飽の者35名を数えている。
「咸臨丸のいたるや、島民は端艇に乗りて群り来たり、母は子を認め、婦は夫を認めて歓呼相応ず、その喜び知るべし」と記され、多くの塩飽水主が乗組員としていたことが分かる。

明治維新とともに海賊衆としての役割を終え、船大工が陸に上がることになるのだが、今度は船大工の腕を活かして、多くの高度な建築をこなしていくのである。中国地方、四国の神社仏閣の建築には塩飽大工が建てたものも多い。倉敷の蔵、商家の建築はほとんどが塩飽大工の手によるものだ。

 残念ではあるが塩飽は過疎の島々となってしまった。1997年現在塩飽本島で933名、75才以上が208名、90才以上が16名である。

今(2014年)は、400人くらいで、ほとんど高齢者となっているらしい・・・



う~ん、「高度な技術」を持ち、「生き残る術(すべ)」を熟知している“賢い海賊衆”だったのに・・・

行く末は、「過疎による消滅」なのかなぁ・・・?・・・生き残ってほしい・・・・・・(-_-)



・・・で、サイクリングは続きます・・・(^^)





PS
  総理、笠島での5枚:::::





1枚目・・・
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「到着~」・・・だと・・・バス停があったんだっ!・・・(@o@)





2枚目・・・
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「おもてなしの心」・・・だと・・・なんで真横から撮ってんの?・・・(^^)





3枚目・・・
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「甍」・・・だと・・・相変わらずシブイねぇ~・・・(^^;)





4枚目・・・
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「集落へと誘う道」・・・だと・・・雰囲気のイイ、静かな“町並み”だったね~・・・(^o^)





5枚目
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「漁師まちの蓮」・・・だと・・・ハスの花が咲いてたんだ~・・・(@o@)

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No title

>きゅーチャン
そちらからだったら、以外と近いカモ・・・(^^)

島を選べば、半日ツーリングが可能かな~・・・(^o^)

No title

>兄貴!
その通り、輸送船団に徹してたからだと思います・・・
もちろん、身を守るための武力は持ってたと思いますが・・・(-_-)

レトロな町並み・・・思ったよりネコチャンは少なかったです・・・(^^)

No title

>terayanさん
瀬戸内の島には、レトロな集落が多いミタイです・・・(^^)

過疎化が進んで静かです・・・でも、ソレがチョット心配・・・(-_-)

No title

>和尚!
さすがっ!総理もその写真が“お気に入り”ミタイです・・・(^^)
あれ?フェリーからは見えないのですかね?・・・(^^)

No title

ここ、美観地区にも負けず劣らず昔ながらの
建物がのこってて、しかも、ローカルな港の近くとなれば
カリナさまの食指が動く事、間違いない場所ですね^^
私もかなり興味惹かれるんですけど、ちょっと遠いデス
プチツーでいけないです( ;∀;) w

No title

塩飽水軍が残ったのは、「軍」ではなく輸送船団のプロだったかでしょうね。

漆喰と板塀、それに障子が歴史を感じるのでしょうか。小さく猫さんが写っていますが、この手の街並みでは定番ですね。

No title

こういった昔の町並み、いいですね~(^^)
観光地化されてないので、人気もなく落ち着いた雰囲気が最高です。

No title

いらかの波で切り取った空♪

渋いデスwww

しまなみをつなぐ瀬戸大橋・・・横から見たのは初めてデスwww

No title

>師匠!
真横から見ると、明石大橋との迫力の違いの大きさが、よ~くわかりました~・・・(^^)

まちなみ保存地区は、本当に静かな集落でした・・・(^^)

「おもてなしの心」・・・・・同じアングルですか・・・・なるほど~・・・(-_-)

No title

こうやって瀬戸大橋を真横から見れるのは値打ちがありますね^^
それに風情一杯の街並もとても趣を感じます^^

総理の「おもてなしの心」は自分も同じアングルから撮りたいです^^
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Gucchiグッチ(カリナ)

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あっちへ・こっちへ・・・ 
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